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2019年05月26日

マダニ感染症「SFTS」に罹ったようだ190526

19年5月26日(日)  曇

190527誤字訂正 190528下線部追加

最初にマダニに咬まれてから約1ヵ月後の5月7日の午後に皮膚科で切除手術を受け、その11日後の5月18日(土)に抜糸も終えたのだが、習慣的に近隣の処方箋薬局で処方箋薬の提供を受けようと思ったのだが、土曜午後休みなのを意識していなかった。そのため2日間の空白期間を生じた。皮膚科近くの処方箋薬局なら営業中だったのに。処方薬は処方してもらった医院の近くで受け取るのが原則だと思った。

空白の2日間の影響が出たのかどうかは不明だが、21日夜は体が熱くて寝苦しく、22日夜には首が耐えがたく熱く、2度程濡れ手拭を巻いて凌いだ。
その後も発熱はただ熱いだけで悪寒などはない。
安静にすると体温は下がり、運動すると熱が上がる。

時々医学的な話を伺う整形外科の先生にマダニにかまれたことを話すと、「マダニは怖いよ。死亡することもある。」と言われる。首に高熱を生じたことを話し、「脳を守るための戦いがあったのですね」と聞くと「その通りだ。よかった、命拾いしたね。」と答えられた。司令部を守るために守備隊が火炎放射器から火炎を発射して、敵を撃退したのだ。多少のとばっちりの熱さなど耐えないといけないな。

マダニによる感染症には何種類かあるが、
原因不明の発熱、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)が中心的な症状です。時に頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹、出血症状(紫斑、下血)などが主な症状といわれるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)と思われる。(下線部が該当症状)(戻る)
(参考資料:フラワー薬局 https://www.m-ikkou.co.jp/useful/flower/flower201709/
SFTSの致死率は29%と言われる。(PREZENT Online https://president.jp/articles/-/15253

これはウイルスによる症状で、今のところ有効な治療薬はないとのこと。
できるのは対症療法だけだが、もう一つ頼りになるのは体の自衛能力だ。
戦いはいつまで続くのだろう。受けて立つしかないな。

処方された薬には発熱したときに解熱効果のある飲み薬も含まれている。
看護師に「発熱は防御反応だから、下げないほうがいいのでは」と尋ねると、(戻る)
「それはそうですが、高齢ですから無理をしないほうがいい」と言われた。
しかし解熱した結果、脳が侵略され廃人になってまで生きていたいとは思わない。

医療は生命を保持することを第一義としているが、個人的にはそれが適切な方針とは思われない。
物質界と精神界の接点に位置する頭脳、それはまさに個人としての人間の司令部だ。
これが壊されてはまさに「生ける屍」になるだろう。
したがって解熱剤も脳に接続する部分の発熱には使うべきではない、戦いあるのみだ。

世界平和、それは望ましいことではあるが、実現する兆候さえ見られない。
人体の中も常住戦場であることを自覚して生きていこう。


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posted by sanjin at 18:45 | Comment(0) | 登山随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月21日

マダニに咬まれる

19年5月21日(火) 晴

今年4月上旬からの約1ヶ月間で5箇所もマダニに咬まれて、切除手術を受けた。
学生の頃の二十歳過ぎに咬まれて以来のこと。

最初は4月4日に乙原から志高湖まで藪漕ぎで歩いた後のことだ。
入浴の際体を洗っていると、陰嚢がとても痒く、しかもシコリがある。
大きさは径5ミリ位か。触れる方向によっては痛みを感じる。

後でよく見ると黒い頭がある。
その時はニキビの親だろうと判断した。
頭が黒いのは場所柄なのだろうと思った。
それでホットシャワーをかけるとともに朝晩オロナインH軟膏を塗った。
痒みは次第に収まり、シコリも縮小して径2ミリほどになって、4月末には終に頭も消失した。
そのとき抜け跡に小さな光る黒点が残ったが、いつしか消えてしまった。

2回目は4月28日、船原山で藪漕ぎをした翌日のことになる。
右の首筋に痒みを感じる。
周りが硬く腫れている。
やはり触れる方向によっては痛みを感じる。

<首筋に喰い付いたマダニ>
マダニ咬刺後4日(5月2日)50%.jpg
直接見えないので何度もカメラで写してみると、
マダニが喰いついていた。
もっとも鮮明なものをアップする。


このとき先の陰嚢の件も同じ症状だったのでマダニのせいだと分かった。
取ってはいけないと言われているので、皮膚科を受診しようと思った。
しかし連休で開いている皮膚科はなかったので4月30日に当番医の内科を受診した。
専門医ではないので処置はできないが、この軟膏を塗って連休明けに皮膚科を受診しなさいと言われた。
その軟膏はルリクールVG軟膏といい、副腎皮質ホンルモン剤に抗菌剤を配合したものだ。
1日に数度、首と陰嚢の患部に塗りつけると次第に痒みと腫れは収まっていった。

次に山に入ったのは5月4日の向平山〜船原山の時になる。
このときは気をつけて、下山して帰宅後、着ていた衣服をそのまま洗濯機に入れ、
体はシャワーを浴びてよく洗った。

その後はもちろん新しい衣服を身に着けたのだが、
翌日腰の左後ろと左臀部に痒みを生じ、触れると周りは硬いが、中央部はベトベトする。
腰には虫はいないようだが、臀部に触ると虫がいるようだ。
さらにその翌日は右足の第2指と第3指の間が痒い。
見るとマダニが喰い付いていて、足の甲の方に水脹れが広がっている。
腰・臀部・足の3箇所は前の2箇所とは状態が異なる。
マダニの種類によるのかもしれない。

ここで家にマダニを持ち込んでしまったことに気付いた。
マダニを駆除するアース製薬の「ヤブ蚊マダニジェット」を購入して寝室に撒いた。
ただ皮膚や目にかからないように、また噴射気体を吸い込まないように注意する必要がある。
そのためマスクをして息を止めて噴射した。
とくに隅の方やタンスの中にも撒いた。
さらに寝室にある衣服を順番にすべて洗濯機にかけて洗濯した。
使っていない布団も虫干しする必要があると思っている。

他の部屋までは手が回らない。
人家はマダニが長く生息できる環境ではないから大丈夫だと思っている。

山に入るときのために「イカリジン」というマダニなどの忌避剤のスプレーを購入して、山に入る前に衣服に散布するようにした。

これで安心というわけにはいかない。
山中ではこまめにマダニのチャックをする必要がある。
また山中で座って休むときには地面にアース製薬の「ヤブ蚊マダニジェット」を撒いて、その上にシートを敷いてそこに腰を下ろすことにしよう。

「イカリジン」と「ヤブ蚊マダニジェット」の2つを山行の際に常備すれば安心だろうと思われる。

さて連休も明けた5月7日、市内の皮膚科を受診した。
診察の後切除が必要だとのことだった。
連休明けで混んでいるので、その日の夕方の時間外に手術を行うことになった。

上から下へ順番に局部麻酔で行われたが、やはり痛い。
特に陰嚢部と足の指の間は痛みが強かった。
しかし1時間も掛けずに手術は終わった。
翌日ガーゼの付け直しをして、1週間後に経過観察、
さらに1週間後に抜歯の予定となった。

自宅でも付け替えの指導を受けたが、何しろ足以外は目に見えないところ、シャワーの前にイソジンで消毒した後、見当でガーゼつき防水絆創膏を貼った。
ただ足は傷が複雑なため、防水は困難なので、ポリ袋で包んで2箇所にゴムバンドを巻いて濡れないようにした。

1週間後の受診では経過は順調で予定より早く、その4日後に抜糸することになった。
抜糸でも手術と同じところが少し痛かったが、それより何よりその日から入浴できることが嬉しかった。

それにしても藪漕ぎも何度も行っているのに、何十年もマダニに咬まれたことはなかった。
それがどういうわけで1ヶ月に5箇所も咬まれたのだろうか。
今年はマダニが大発生でもしたのだろうか。

確かに今年は暖冬で4月からは高温になった。
それでマダニが活発に活動を始めたのかもしれない。
ほかに考えられることとしてはこちらの事情もある。
循環器の治療のために血液サラサラ薬を飲んでいる。
そのため血液の循環がよくなり、マダニを寄せ付けているのかもしれない。

いぜれにしても今までのように無防備で山に入れなくなった。
不便ではあるが致し方あるまい。


<まとめ>
私の体験を元にマダニ対策を纏めてみました。
皆様の参考になれば幸です。

ご存知のようにマダニが厄介なのはいろいろな感染症を媒介することです。
その中には重症化して命にかかわるものもあります。
咬み付かれたとき、安易に引っ張ってはずしたりしないことが大切です。
体の一部が残ってしまうとそこから感染が広がる恐れがあります。

すぐに処置できないときは、抗生剤がよく効くそうですから、それを服用または塗布するのが効果的でしょう。
オロナインH軟膏も消毒効果を発揮し、痒みを軽減するようです。
そして出来るだけ早く皮膚科を受診してください。

またホットシャワーは痒みを和らげてくれますし、マダニを弱めるのかもしれません。
ホットシャワーとは火傷しない範囲の出来るだけ高温のシャワーです。
耐熱性は人によって違うのでしょうけれど、45℃くらいが適当と思われます。
痒いところにかけるとかゆみが和らぎます。
また擦り傷や切り傷などにかけると治りが早くなるようです。
ただ創傷にはかけないほうがよいでしょう。早急に専門医の治療が必要です。
私自身はホットシャワーによってアトピーが軽症化し、涸れかけています。


マダニについて詳しくは以下のサイトをご参照ください。
@ 全般的な易しい解説
マダニによる感染症とその対策(フラワー薬局通信)
https://www.m-ikkou.co.jp/useful/flower/flower201709/
A マダニ対策については次のサイトが詳しいです。
マダニ対策、今できること(NIID 国立感染症研究所)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/2287-ent/3964-madanitaisaku.html
B マダニが媒介する感染症のひとつのライム病について詳述しています。
ライム病とは(NIID 国立感染症研究所)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/524-lyme.html


初めてダニに咬まれたころ
大学生時代、京都の修学院という所に下宿していたことがあります。
ある日そこからいつもの散歩道をさらに奥に進み、親鸞聖人が通ったと言われる「石切り道」を通って比叡山に登った時のことです。
名前は忘れましたが延暦寺の境内から北に山道が続いています。

その入り口でお坊様が一人のおばあさんを伴って立っていられました。
「学生さん、こちらから下られますか。それならこのおばあさんを案内してください。道が痛んでいるようですのでおばあさん一人では無理でしょうから」と言われておばあさんを託されました。

途中までは趣のある山道が続いていましたが、麓が見えるあたりから道が荒れてきて、水流はないものの溝のように抉れています。また木々も覆いかぶさってきました。
このあたりからおばあさんは難儀しそうなので私が背負うことにしました。
そうして無事に麓の大原へ下り、田畑の中の小道をバス停まで送りました。

そのときおばあさんは「比叡山で仏様に会いました」と言って私を拝んでいました。
「こんな道を下ると言い張った私が強情でした」と悔やんでもいました。
バスの時刻までは1時間ほどあったので私は歩いて帰ることにしました。
おばあさんは、それは気の毒なほど、何度もお礼を言われました。

帰宅した当日か翌日かは忘れましたが、腹部の皮膚に扁平な突起物ができているようです。
下宿の人に見せると、それは「ダニ」だということで、慣れた手つきで注意深く引き剥がしてくれました。
跡には何も残っていないようでした。
「マダニ」とはいわれなかったのですが、同じものでしょう。
下宿の人は満州からの引揚者で艱難辛苦をなめて山篭りもされたのでしょうか。
その様なことに慣れているようでした。

仏様にもダニがつくのですね。
もっと悪い虫が付かないように気をつけましょう。
本当の仏様になる日まで。
戻る


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posted by sanjin at 19:27 | Comment(0) | 登山随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月19日

由布岳山開き190512

19年5月12日(日)  快晴

今日は由布岳山開き。
出発時刻を間違え30分遅れて出発したので、8:30AM?からの記念品配布に間に合わなかった。

ルートマップ(国土地理院地図・カシミール3D使用)
190512由布山開きedit.jpg

登山口でマダニ防除のためイカリジン・スプレイを衣服の上から振り掛けて出発。
スーパーボランティアの尾畠さんが竹の杖を配布しながら愛想よく記念撮影に応じていた。
堅苦しくないところに好感が持てる。
用意した杖は300本という。
その右を通り、右下に9時に始まっているはずの安全祈願祭を見ながら上って行った。

途中写真を撮ろうとしたが、故障で動かない。
そのため今日は写真がない。

合野越で一休み。
京都の方が近付いてきて飯盛ヶ城の山の名を訊く。
「いー・もり」と書いて「いー」が約まって「いもりがじょう」と読むと伝えた。
― 本当かな?

次に若者の男女のペアがやってきて同じベンチにかける。
トレッキングポールは楽ですかとか、山頂の様子を訊く。
トレッキングポールは動物避けのため、左の山頂は岩山であることを伝える。
若者は誇らしげに靴を見せる。底の掘りの浅いランニングシューズだ。
滑りやすかろうに、若いから大丈夫だという。

靴下が見えなかったので尋ねると、短くて靴の中に隠れていた。
女性のほうの靴下も同じように短い。
若者のファッションだろうが、暑くなくてよかろう。
私はマダニに咬まれたので、気をつけてと伝えた。
話し終えると「それじゃー」と言って上っていった。

今年の4月上旬から1ヶ月の間に5箇所マダニに咬まれた。
皮膚科で切除手術を受け、まだ抜糸が済まないので無理はできないし、
11時ごろから始まる豚汁サービスも受けたいので、山頂はやめて飯盛ヶ城経由で下ることにした。

飯盛ヶ城の上りは石ころだらけで歩き難い。
下る人たちも苦労している。
頂上かと思ったところは、途中の曲折点。
もう半分上って山頂へ。
そよ風が心地よい。

すぐ南に下る。
こちらは土が抉れて滑りやすい。
途中早咲きのミヤマキリシマを撮っている方がいた。
草付に逃げながら下ると、下の方は緩斜面で楽になった。
火に強いカシワの木々が野焼きから生き残っていた。
途中から一寸した急坂を下って谷を渡りショートカット。
11時過ぎに山開き会場に下山した。

豚汁は11時からと思って近づくと11時半からだという。
11時15分ごろ放送があって、みんなが並び始める。
受け取ったけれど、昨年のようにテーブルが用意されていない。
草原の平らなところに置いたが、座った拍子に触れて半分溢してしまった。

食べ終えてからもまだ並んでいたので、もう一杯もらった。
あまりたくさんの豚は食べきれないが、今度は豚が少なくて野菜中心だったので安心して食べた。
見ると大抵立ったまま食べている。
そういう手もあったか!

その後湯布院自衛隊の音楽演奏を聴いた。
由布市のイベントガールやミスベップの方が曲に合わせて踊ったり、
一般の方が飛び入りで歌ったりと飽きさせない趣向が凝らされていた。

午後のバスの時刻が近づきたので、バス停に移動。
程なくやってきた観光快速に何名かと一緒に乗車して自衛隊前で降りて帰宅した。


<所要時間>
◎アプローチ:1:08 【移動49’,休み19’】
自宅発 8:08AM<25’>BS生目开前(約7’)<24’>9:04AM頃 由布登山口着(12’)
◎山行:3:17 【移動1:20,休み1:57】
由布登山口発 9:16AM<5‘>カメラ操作(11’)<32’>合野越(16’)<3’>飯盛ヶ城取付き<上り8’>飯盛ヶ城<32’>11:03AM 山開き会場着(1:30)
◎帰路:52’ 【移動45’,休み7’】
由布登山口12:33PM(7’) BUS発 12:40PM<24’>自衛隊前<21’>1:25PM 自宅着
◎合計:5:17 【移動3:54,休み2:23】】

<装備>
◎ザック:mountain dax 28
◎サイドバッグ:monbell 小
◎服装:TRボクサーGR・山用ソックス小・MBKS長袖GR?・吸汗速乾ロングパンツ下絞り・山用長袖シャツWH・化繊目出し帽・カジュアルキャップ・キャンプフォーVibram


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posted by sanjin at 20:00 | Comment(0) | 由布・鶴見山系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月15日

向平山〜船原山190504

19年5月4日(土)  晴

<プロローグ>
鶴見岳手前のメインルートでルートが未確定なのは柳水と船原山だけとなりました。
今日はサブルートの向平山の下りと小鹿山取付き辺りを確かめて、メインルートの志高北ピーク(仮)のテープの状態・展望の様子を調べ、柳水を経て船原山まで辿ってみたいと思います。

<アプローチ>
鶴見の自宅から堀田温泉まで歩き、そこからバスで鳥居まで。



<ルートマップ(全域)>
(国土地理院地図・カシミール3D使用)
190504向平山〜船原山(全域)edit.jpg
(注)黄色ラインは4/27の向平〜志高北と4/28の船原山の軌跡
オレンジラインは計画ルートを示す


鳥居から市道を経て志高湖畔に出て、櫛下林道を向平山まで歩いた。
<01 志高湖><02 FAB営業中>
01 志高湖DSC05851.JPG
02 FAB営業中DSC05853.JPG

(注) FAB:Forest Adventure BEPPU (林内スポーツ施設の名前)の略 戻る

<03 新緑の林道(1)><04 新緑の林道(2)>
03 新緑の林道(1)DSC05858.JPG
04 新緑の林道(2)DSC05870.JPG

<05 崖沿いの道を振返る><06 倒木の通行止め>
05 崖沿いの道を振返るDSC05873.JPG
06 倒木の通行止めDSC05874.JPG


<山行>
向平山ではまず山桜について調べた。
花は咲いたのかどうか。地面を見てみたが、桜の花弁らしきものは残っていない。
咲かなかったのか、すでに散った花弁の痕跡も消えたのか決め手はなかった。
次に迂回下降路を調べた。
逆コースで上って行くと、下りとはコースの感覚が違い、よくテープを見ないと分からない。
すぐに谷を渡ろうとするが、テープは谷に下る前にずっと上に続いている。
<07 下の左折点>
07 下の左折点DSC05888.JPG
下の左折点の杉の幹に巻いた2重のピンクリボンまで上り、再び下ってみる。

谷中のテープから直ぐに下らないことが肝心。
テープはほぼ水平に対岸に続いている。
対岸についてはじめて下り始める。
一応テープの見通しは確かめた。

<ルートマップ(小鹿山上り)>
(国土地理院地図・カシミール3D使用)
190504向平山〜船原山(小鹿山上り)edit.jpg

<08 小鹿山取付き>
08 小鹿山取付きDSC05891.JPG
小鹿山取付きからは左に迂回せずに直登気味に上ってみた。

こちらは植林地で地面が柔らかくて歩き難い。
<09岩場下>
09 岩場下DSC05892.JPG
岩場の下に来たので左に回る。

<10 平尾根に出る>
10 平尾根に出るDSC05893.JPG
上に平尾根が見えてくる辺り、緩斜面の左側に向かう。
それでも予定よりずっと右に着いた。


もっと左から尾根がらみに上ればもう少し容易かもしれない。
上から覗いてみると尾根に続く方向は自然林のようだ。
地面がしっかりして、手がかりも多いことが期待できる。

平尾根から右寄りに上ると尾根のピークに着く。
そこから尾根は右に曲がる。
<11 潅木の中を下る>
11 潅木の中を下るDSC05897.JPG
低い潅木を分けると、平らな植林地に下る。

<12黄色テープがある>
12 黄色テープがあるDSC05899.JPG
黄色テープのところから平らな面は左に続いている。

<13測量地に出る>
13 測量地に出るDSC05900.JPG
やがて測量跡に出ると、ブルーの包装用テープが長く引っ張られていたり、

<14 目印>
14 目印DSC05902.JPG
杉の木にピンクリボンが巻いていたりと目印が多い。

左は急斜面なので足場に注意して尾根を上り気味に進むと、
岩の多いところもある。
<15 岩の間を進む><16 一寸煩い>
15 岩の間を進むDSC05903.JPG
16 一寸煩いDSC05904.JPG

<17 歩き易くなる><18 足元注意>
17 歩き易くなるDSC05905.JPG
18 足元注意DSC05906.JPG

そこを抜けるとやがて新しい作業道の終点に達する。
この作業道は多分間伐作業用と思われ、下の櫛下林道から上がってきたものだ。
終点の左側に上りやすいところがあるので、そこを上っていくとやがて平坦になり
古い作業道の終点に出て、あとはこの作業道を辿っていく。
<19旧作業道終点><20 明瞭な作業道>
19 旧作業道終点DSC05907.JPG
20 明瞭な作業道DSC05908.JPG

<21 石が多くなる>
21 石が多くなるDSC05909.JPG
はじめは雰囲気のよい作業道は途中から石が多いところやヌタ場もあり、道が怪しくなるところもある。

<22 ヌタ場><23 自然に帰っていく>
22 ヌタ場DSC05910.JPG
23 自然に帰っていくDSC05912.JPG

<24 T字路が近い>
24 T字路が近いDSC05914.JPG
注意深くたどっていくとやがてT字路に達する。

<25 左おじか方面><26 右志高湖方面>
25 左おじか方面DSC05915.JPG
26 右志高湖方面DSC05917.JPG

<27 小鹿山道に出る>
27 小鹿山道に出るDSC05918.JPG
右折すればすぐに小鹿山の広い山道に出合う。


小鹿山道を右に下る。
<28左神楽女方面><29 左志高湖方面>
28 左神楽女湖方面DSC05922.JPG
29 左志高湖方面DSC05923.JPG

次の志高北ピーク(仮)へは真直ぐ防火帯をたどればよいのだが、今日は志高湖畔まで降りて一休み。
<30 湖面越しに由布・鶴見><31 湖面を泳ぐカモ>
30 湖面越しに由布・鶴見DSC05924.JPG
31 湖面を泳ぐカモDSC05926.JPG

その後コンクリート道を上る。コンクリート道は左に取水地辺りから右にカーブして防火帯の左端につながっている。
そこから防火帯を上ると、うるさい櫟の小枝を避けることができる。
<32 櫟の伐採木(1)><33櫟の伐採木(2)>
32 櫟の伐採木(1)DSC05927.JPG
33 櫟の伐採木(2)DSC05928.JPG

<34 一旦下る><35 下りの枝道>
34 一旦下るDSC05930.JPG
35 下りの枝道DSC05931.JPG

<36 正面が入り口>
36 正面が入り口DSC05932.JPG
防火帯を上りきると志高北ピークの入り口に着く。

北ピークでは展望が得られないかと、南北に長いピークを北にたどってみたが、高い樹木にさえぎられていた。
戻る途中左(東)側も注意したのだが、木の間に市街地がチラッと覗くところはあるものの、まとまった展望はなかった。写真にとるとさらに不鮮明になった。
ピークまで行って戻れるようにテープを補充した。
<37 東方僅かに市街地><38 黄色テープを補充>
37 東方僅かに市街地DSC05941.JPG
38 黄色テープを補充DSC05942.JPG


<ルートマップ(船原山)>
(国土地理院地図・カシミール3D使用)
190504向平山〜船原山(船原山)edit.jpg

<39 防火帯を西へ>
39 防火帯を西へDSC05943.JPG
次は船原山。
志高北ピークを出ると防火帯の左寄りからは由布岳が望まれる。
その防火帯を西に下る。


防火帯は右にカーブしながら櫛下林道に出合う。
<40 右にカーブして><41 林道と交叉>
40 右にカーブしてDSC05944.JPG
41 林道と交差DSC05945.JPG

林道を横切って上り下ると、本格的な上りになり、やがて傾斜が緩み次第に左に傾いてくる。
<42 船原山方面へ><43 真っ直ぐに上っていく>
42 船原山方面へ上るDSC05946.JPG
43 真直ぐ上っていくとDSC05948.JPG

<44 斜度は緩むが><45 左に傾いてゆく>
44 斜度は緩むがDSC05950.JPG
45 左に傾いて行くDSC05951.JPG

<46 歩き難くて右の尾根へ>
46 歩き難くて右に尾根へ逃げるDSC05952.JPG
歩きにくいので右の尾根に逃げてたが、さほど長い距離でもないので傾斜を楽しむほうが良いと思った。

<47 小笹の中を進む>
47 小笹の中を進むDSC05953.JPG
それに尾根は疎らながら基本的に笹薮だからマダニに咬まれる危険性が増す。

途中から防火帯に戻ると、もう終わり近くで、今は使われていないリフトの椅子が見られるようになり、旧リフト乗り場に着く。
<48 リフトの残骸><49 リフト乗り場>
48 リフトの残骸DSC05954.JPG
49 リフト乗り場DSC05955.JPG

<50 案内板>
50 案内板DSC05956.JPG
左に入り口があり、それを辿ると笹の間の小道をたどって旧ロープウェイの船原山駅に着く。

今でもゴンドラのひとつの「志高」号が止まっている。(下の立石山駅には「乙原」号。近いほうの地名にちなんだものが置かれているのには配慮が感じられる)
さて船原山には2つのピークがあり、高いこちらの方には三等三角点「柳水」があるので、ここではその名をこちらのピークの名前とする。
<51 三等三角点「柳原」>
51 三等三角点「柳原」DSC05957.JPG
三角点へはリフト乗り場から船原山駅に行く手前右にテープがあり、それに従って右に降り、ちょっと上ると容易に見ることができる。


<52 春のモミジ>
52 春のモミジDSC05960.JPG
もう1つのピークへは上ってきた方向からロープウェイ駅の反対に左に向かうと「登山道」の方向を示す案内板があり、そちらに山腹を下っていく。

<53 北へ下る>
53 北へ下るDSC05962.JPG
どっちの方に?一寸分り難いが、中央あたりを北方下に見える平尾根の方に向かう。

現在はまだ案内テープも少ないが、手持ちのテープも尽きたので、次の機会にコースが分かるように補充するつもり。

平尾根に降りると行く先ははっきりしているので、この尾根をたどっていけばよい。
<54 標柱>
54 標柱DSC05963.JPG
すぐに標柱があり、にぎやかにテープが巻かれている。

<55 岩が多くなる>
55 岩が多くなるDSC05965.JPG
やがて岩が多くなり、その間を抜けていく。

季節柄か、それとも最近の傾向なのか、以前は薮だったが、今では下草はほとんどない。
この状態はこの先もずっと続く。
<56 船原山頂>
56 船原山頂DSC05966.JPG
次第に尾根が広がって進路がはっきりしなくなる辺り、ごく薄い踏み跡をたどって行くと唐突に2枚の「船原山」の標識に出合う。ここが2つ目のピーク。


下りは左へ。ここからは比較的テープはよく残っている。
途中から左折して、まだ下りにかからないところでオレンジ色のキジが道を横切った。
道は右寄りに下りになり、最後に木々に縋りながら急坂を降りると細尾根に着く。
尾根はすぐに広くなり歩きやすくなるが、さらに広くなると進路が掴み難くなるので
テープをよく見ながら進むことが必要だ。
オリジナルのテープに加えて何方かが補充してくれたテープのおかげでスムーズに「小鞍部」に下ってきた。
ただの平地なのに「小鞍部」とは:この先で1~2m高くなっているのでここは鞍部と呼べなくもないなと思って勝手につけた名前、悪しからず。
高くなっている方向に尾根が続いているのだが、以前は森が深く、踏み込むのも憚られる様子だった。
今はどうかというと、もはやほとんど下草もない。
この山はどうなったのか。祖母傾辺りで見られる鹿の食害か。
このあたりではイノシシの気配はあるが、まだシカを見たことはない。
イノシシも草を食べるのだろうか。
どちらかは分からないが動物の水平のトレースがこの下で見られた。
ただそんなところは歩かない方がよいだろう。それこそマダニに取り付かれてしまいそうだから。

この下は柔らかい山腹を下るところがあるのだが、こちらはできるだけ尾根沿いを通るように変更したい。
以前はあったアオキの森などの目印が失われてちょっと迷ったが、
<57 取り付き近くの大木>
57 取付き近くの大木DSC05968.JPG
なんとか見通しが利く内に紅葉谷に降り着いた。


<帰路>
紅葉谷を下り、途中からヘッドランプをつけて堀田の方に下って午後8時過ぎに帰宅した。


<所要時間>
◎アプローチ:2:39 【移動2:11,休み28’】
自宅発 9:03AM (FMT弁\384 8’) 再NB<17’>BS生目<15’(内休み5’)>BS堀田温泉(6’)<バス13’>BS鳥居(準備3’)<19‘(内休み1’)>10:24AM 櫛下林道入口<13’>防火帯出合(5’)<12’>立石山分岐<17’>乙原分岐<3’>第1堰堤<12’>第2堰堤<16’>11:42AM 向平山登山口着
◎山行:7:25 【移動5:34,休み1:51】
向平山登山口発 11:42<30‘>山桜(上り)<42’>山桜(下り)<5‘>(第1小ピーク:昼食29’)<14’>向平山登山口<3’>1:45PM小鹿山取付き<山腹上り32’>尾根上平石(小休8’)<尾根下方調べ8’>(平石2’)<5’>尾根ピーク<41‘>小鹿山道<21’(うち休み11’)>志高分岐1<10’>志高湖畔(休み・軽食15’)<22’>4:29PM志高北ピーク(調べ24’)(靴直し2’)<5’>林道交差<24’>5:24柳水5’)<19‘>5:24船原山(小休14’)<31’(靴紐直し1’)>小鞍部<34’>7:07PM 紅葉谷着
◎帰路:54’ 【移動44’,休み10’】
紅葉谷発 7:07PM<2’>G(小休3’、HL on?)<12’>高速上(小休6’)<3‘>堀田温泉CR<8’>生目CR<20’(信号待ち1’)>8:01PM 自宅着
◎合計:10:58 【移動8:29,休み2:29】

<装備>
◎ザック:4.7kg
◎サイドバッグ:0.8kg
◎荷重計:5.5kg+弁
◎服装:TRボクサーGR?・山用ソックス・MBKS長袖GR・ベルトレスロングパンツGR・TRKS長袖WH?・化繊目だし帽


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posted by sanjin at 20:20 | Comment(0) | 別府八峰トレイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

船原山190428

19年4月28日(日)  曇のち細雨

190511訂正
<プロローグ>
八峰トレイルのメインルートは志高北ピーク(仮)まで確定しました。
そこから柳原・船原山を経て紅葉谷に降りるまでを調べるため、紅葉谷から逆に辿ることにしました。
しかし昨日の今日はあまり元気がない。行けるところまで行ってみようと思います。


ルートマップ(国土地理院地図・カシミール3D使用)
190428船原山.jpg
(注) 赤色線は実際の軌跡(10秒毎に受信・10m以下間引き)
オレンジ色線は計画ルート


<アプローチ>
堀田温泉まで歩いて高速上にあがり、そこから一気登山道を辿って紅葉谷の朝見川源流の「万十橋(仮)」まで歩いた。
緑滴る小道は心癒される。
<01 堀田最上部から><02 「道標」>
01 堀田最上部から別府湾DSC05780.JPG
02 「旧大宰府官道」標識DSC05782.JPG

<03 紅葉谷への下り><04 明るくなった森>
03 紅葉谷への下りDSC05783.JPG
04 明るくなった森DSC05784.JPG

<05 紅葉谷の小径><06 滴る緑>
05 紅葉谷の小径DSC05787.JPG
06 滴る緑DSC05791.JPG

<07 大木><08 万十橋(仮)>
07 大木DSC05792.JPG
08 万十橋(仮)DSC05795.JPG


<山行>
<09 ここから上る>
09 ここから上るDSC05796.JPG
橋の手前から藪を分けて尾根に取り付く。

アオキなどを切ったり折ったりして進むが、次第にササ薮が濃くなって前進困難。
引き返すことにしたが、少し戻ると直登方向に笹薮を分けた踏み跡がある。
5mくらい上ると平道に出た。
右に進んでもよいが、左に下る道があったので、そこが登路に選べるなら、この直登は避けられるので行ってみたが、下に落石注意の看板のあるところに出た。
上は落石しそうな不安定な崖、こんなところをルートにできないと引き返した。右ではなくそのまま少し上る踏み跡もあったので、そちらを選ぶと電柱の下に出た。
この電柱、以前はコンクリートの基礎のある鉄塔と記憶していたが、電柱そのものが変わったのか、それとも記憶違いか、今は基礎もなくコンクリートのスマートな電柱だ。
<10 二股のクヌギ>
10 二股のクヌギDSC05797.JPG
奥に行くと処々に櫟などの大木のある美しい草地が広がっている。

空腹を覚えたので、そこで昼食とした。

尾根の直登は傾斜が急すぎるので、右から巻いた。
次第に傾斜が緩み、もう何十年も前になるが、県道からも飛び抜けて目立つ巨大な松のあった「一本松」と思われる平地に出た。
<11 赤松の大木>
11 赤松の大木DSC05799.JPG
右奥には今も赤松の大木があるが、それが巨木に育つかどうか待ち遠しい。


少し上ると右手に口の尖った動物が上って来た。
全身が見えると、それは黒いイノシシの成獣だった。
「おーい」と呼びかけるとすぐに駆け上って行った。

大きな岩が現れると傾斜も緩み、やがて巨石累々とした一帯に出る。
<12 岩が出てくる><13 岩の間を上る>
12 岩が出てくるDSC05801.JPG
13 岩の間を上るDSC05802.JPG


<14 岩石地帯><15 積み重なる岩>
14 岩石地帯DSC05803.JPG
15 積み重なる岩DSC05804.JPG

<16 前方が明るくなる>
16 前方が明るくなるDSC05805.JPG
石の間を抜けて緩く上ると、わずかに下って「小鞍部」。

<17 ピンクのリボンテープを巻く>
17 ピンクリボンを2重に巻くDSC05807.JPG
今日の体力ではここまでと、周りを観察し、目印の木にリボンテープを2重に巻いて下ることにする。

山腹の柔らかい土質のところを下るこの辺りは本ルートの弱点だ。
多くの人が通ればやがて土は抉れて、溝のようになり、雨後は水流により更に抉れを助長することは明らかだ。
できれば左の尾根沿いにルートを確定したい。(ルートマップのオレンジラインが計画ルート)

途中から尾根に近づくが、そこから右に山腹をトラバースして、途中から細雨になる中、多少蛇行しながら取り付きの紅葉谷東部に下りて来た。
<18 船原山の取付き><19 紅葉谷に出る>
18 紅葉谷の取付きDSC05808.JPG
19 紅葉谷に出るDSC05809.JPG

全体として以前に比べ下草が異常に少ない。
またアオキの森があったのだが、それも見当たらない。
目印が少なくなって道がはっきりしない。
ルート確定時にはリボンテープを貼り直そう。

<帰路>
<20 小峠への上り>
20 小峠への上りDSC05812.JPG
往路を戻り、珍しく早く4時半ごろ帰宅した。


<エピローグ>
帰宅数日後、首筋がとても痒いので、見るとダニに咬まれていた。(戻る)
連休中のことで市内に開いている皮膚科はないので内科を受診すると、専門医ではないので処置はできないがと副腎皮質ホルモンに抗菌剤を配合した軟膏を処方してくれて、痒いところに塗って連休明けに皮膚科を受診するようにと言われた。
お陰で痒みは幾分収まった。
さらにオロナインH軟膏を上塗りするとさらに痒みが薄らいだ。

最初に入ったササ薮で取り付かれたのだろう。


<所要時間>
◎アプローチ:1:37 【移動1:06,休み31’】
自宅発 10:37AM(FMT弁\, 10’)再NB(3’)<7’>(荷直し8’)<12’>开<2’>(荷直し10’)<7’>堀田温泉CR<3’>高速上<35’>12:14PM 万十橋手前着
◎山行:3:21 【移動2:49,休み32’】
万十橋手前発 12:14PM<山腹アタック50’(うち休み1’)>上平場(昼食23’)<56’>小鞍部(8’)<1:04>3:35PM 紅葉谷着
◎帰路:1:02 【移動49’,休み13’】
紅葉谷発 3:35PM<18’>高速上(5’)<11’(内休み約8’)>堀田温泉CR<10’>开<4’>N北<4’>イセ<9‘>NB<1’>4:37PM 自宅着
◎合計:6:00 【移動4:44,休み1:16】

<装備>
◎ザック:?
◎サイドバッグ:0.6kg, ベスト:0.7kg (ベスト自重推定0.3kg), 弁当:0.5kg, 小計:1.8kg
◎服装:TRボクサーGR・MB吸汗速乾長袖GR・右足首サポーター・左右脹脛サポーター・山用ソックス・トレーナーパンツ薄・山用中着WH・KSカジュアルパンツGR・トレーナー上着CD・ベスト・目出し帽KS・カジュアルキャップ


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posted by sanjin at 19:58 | Comment(0) | 別府八峰トレイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする