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2010年10月05日

上祝子から鹿川越へ(鹿川越到達)

西南戦争の折、和多越えの戦いで敗れた西郷隆盛は、敗走を始め、明治10年8月18日に可愛岳(えのだけ)を突破して、祝川の支流の地蔵谷に宿営し、19日祝子川へ出て小野熊治宅に宿陣し、20日には鹿川越を経て鹿川峠、湾洞川越に達したという。

小野熊治宅からのルートははっきりしないが、大野原林道の終点先に見つけた「薩軍敗走路」の木札辺りから山手谷に入ったと思われる。

今回はそこから忠実に薩軍敗走路をたどることは避け、山手谷の上流から鹿川越への最短路を見つけよう。


経路は林道枝線の途中に左に下る枝線が伸びており、その先が前回の林道曲折部に達していると思われた。

そこを経由すれば山手谷までは近いだろうと思われる。


05年12月17日(土) 晴れ時々小雪・寒風
6:17AM出発。FM上戸次で弁当などを買い入れ、黒内から上祝子−下赤林道を通って、8:47AM美人の湯下駐車場に到着。

<上祝子−鹿川越ルートマップ>
051217上祝子−鹿川越ルートマップGIF.GIF10分余り睡眠をとり、小休の後、9:11AM大野原林道へ向けて出発。9:23AM作業道入口の駐車スペース着。

準備の後、9:46AM登山出発。9:56AM支線へ左折して上り、下降枝線の入り口をパスして終点に向かう。
「山頂へ」の標識はここだったかどうかを確かめるためだ。

終点で探したが見つからなかったので、それはもう1つ先の崖を登った落水林道の谷に出合う前のところだったかと思った。

戻って10:20AM枝線途中から左手下降枝線を下る。途中から右へ降りる途中、侵食されて通れなかったので、突出部へ向かって降りる。右に向かって前回よじ登った地点を確かめる。

突出部を通り、小谷を少し上がって、左岸の山腹を通って、次の谷へ降りる。右岸沿いに遡上して、林道様広場を探す。
間違って手前の地形の似たようなところに出る。

もう少し上ると目的の広場に着いた。
すぐ右手に踏み跡があると思っていたが、すぐ先で藪になっていた。

もう少し上って獣道らしきところを見つけたので、そこを右に上がって、左に曲がり少し上がると、平谷があった。

そこから右に登ると、急登わずかで平尾根を越えて道は左へ下り、崖状のところに出た。山手谷に出合ったようだ。立木を頼りに谷に下りる。

しばらく右岸沿いに上り、左岸へ渡渉、また右岸に戻る。

緩やかな杉林の中の道をたどると、「薩軍敗走路」の表示板が下がっていた。またその先に「山頂へ」の標識。その途中落水林道の跡を横切ったようだ。

そこから左手に登っていくと、次第に傾斜は増し、両岸が切り立ってくる。

左右に分かれたところに出たが、左は先が見えないので、右手に取り付く。

倒木をかわし、立木や石を頼りによじると、鞍部状の尾根に出た。1:27PM。左手に道はあるが、向こう側へ下る道はない。

ここは鹿川越ではないと思われた。ポケナビで見ると目標は北方200mあたりを指しているので、そちらへ向かう。

少し下がって、電池交換をした。その時スパッツを紛失していることに気づいた。


さらに下ると、前方下に白っぽく開けた川原のようなところが左に上がっている。そちらを目指して右手に、最後は左手に下って谷に下りる。

川原を左に登ると、道はその先で下っていた。
ここが鹿川越のようで、「山頂へ」の標識と「薩軍敗走路」の板もあった。2:05PM。ここで昼食とする。

遂に鹿川越に到達したのだった。

2:26PM下り出発。右岸の杉林の平道でスパッツを発見。左右そろってきれいにたたんだまま落ちていた。

道は右手山腹に上がりやがて尾根沿いに進み、尾根を横切ると、三角点・境界見出点・白テープがあった。3:22PM。

そこから先を見るとすぐ谷だった。広谷の上流である。
直降して左に向かい、崩れを越えて谷に下りた。3:39PM。


合流点の伐採木の上側を通って、次の谷から突出部に上がり、侵食部を渡って、前回よじ登った地点の上を通って、右手に枝線を目指す。

3:56PM林道に出たと思った。すぐ右手に右に上がる分岐枝線があったから。

先に進むと道が上がっているし、様子が違うのでおかしいと思う。
ここが枝線と気づき、先の分岐は先程下った枝線の枝線だと分かった。
だいぶ下って本道に出た。4:07PM。下って登山口着4:17PM。

手袋を片付け、ストックを左におき、折たたみ椅子を出して靴を履き替えた。椅子を片付けるとき手間取り、ストックを積むのを忘れたらしい。

小休の後4:33PM帰路につく。下赤−上祝子林道・黒内を経てN326を北上し、FM三重原で、食料を買い、その先の左手の案内板のある駐車場で夕食をして、新道を通ってN10に入る。

次第に混んできたので、羽屋三叉路を左折、明磧橋手前を右折して賀来経由で帰還。8:24、200.3km。荷物を運び上げるためにまとめているとき、ストックがないことに気づいた。


ようやく鹿川越に辿り着いた。「山頂へ」の標識から左手に上ったのが間違いで、鹿川越の南に登ってしまったらしい。あくまでも最も低いところを上がることを間違えてはならない。

次は大野原林道終点から2番目の谷を上り、薩軍敗走路を忠実に辿って鹿川越に到達したい。

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2010年10月03日

上祝子から鹿川越へ(TRIAL2)


今回は大野原林道を辿り、枝線を詰めてみよう。
そこから落水林道に出ることができるかもしれない。

落水林道を北に辿り、途中から左折すれば鹿川越に到達できるはずだ。

それがだめなら大野原林道を終点まで行ってみよう。
そこから山手谷に入り、遡上すれば鹿川越だ。


H17年12月10日(土)晴
6:01AM自宅Pを出発。N10を通り、FM上戸次で食料を買い入れ、N326に入り、黒内から下赤−上祝子林道に入る。

途中上展望台で小休して、8:27AM美人の湯下駐車場に到着。
すぐに出発して上祝子橋を渡り、大野原林道へ。

<大野原林道ルートマップ>
051210大野原林道ルートマップGIF.GIF舗装が切れたところでUTして、約200m下がり、道路幅の広いところの左側に駐車。

朝食後、右側の道路外作業道入口のスペースに車を移動して20分ほど眠る。10:12徒歩出発。

枝線入口を左に上り、途中小休して、11:06枝線終点に到着。

藪を下って落水林道に出て、右に向かうと、とちゅうで崩壊していたので引きかえす。
南側を覗き、少し進んで見たが、林道は続いていた。

落水林道を右(北)に辿れば鹿川越に行けそうだが、崩壊していてとても利用できないことが分かった。
それでは大野原林道の終点から上がってみよう。


枝線終点に上がる途中、右に上がりすぎたが、そこに標柱があった。戻って枝線入口着11:38AM。

林道本線を進む。途中林道内部が流されているところの縁を通り、崩壊した崖を登ると、また林道が続いていた。
倒木もあったが何とか林道は形を保ち、11:54終点に着いた。

小休の後、12:09PM出発。道水管に沿って山腹を巻くと、やがて谷沿いの道になりがけ上の細道を立ち木をかわし、立ち木に頼り進むと、12:24PM広谷の入口に着く。

小休・少量の水飲の後、広谷左岸に渡り谷沿いに上がり、途中から左俣に上り、中間部の急坂をよじって小尾根上の山道へ。

赤テープをつけて上り右に下ると、12:55PM林道の曲折点に出た。林道は上にも下にも伸びていた。

進路を検討した結果、林道を突出部に伸びている下の方に進む。流水でえぐられたのであろう溝を渡り、突端から左に下ると、小さな谷に出た。

谷を渡り右側に少し上ると、広谷の本流と見られる谷に出た。
右岸を登ると谷は狭まり、右手に渡ると、1:27林道状の広場に出た。
このあたりムラサキシキブの群落である。

小休の後、1:44PM出発。すぐ電池交換をして更に暫く進むと谷は深くなり、やがて突き上げに達した。

右手の風化砂岩状の崖をよじると、林道に出た。
落水林道の一部と思われるが、前後に続いていない。

すぐ先の谷を左に上り、二俣に達したが、右俣は脆い砂岩状の急な崖だったので、左俣の急坂を上り、更に右手に急斜面を立ち木を頼りに登ると、やせ尾根の鞍部に出た。

先は谷に落ち込んでいて、左右は容易に取り付けそうもなく、右下の平らな部分が覗かれたが、あれは先ほどの崖の上と思われた。

すぐ下りにかかると、下に白いものがあったが、地図を落としていたのだった。回収して下る。

二俣の左の岩は結氷していて、ストックでつつくと硬かった。
「山頂へ」の標識が落ちていたが、それは落水林道に出たところだと思われる。

途中小休の後、2:59PM林道状広場、少し下って3:02PM谷川に鹿の遺体を見つけた。
角があって、腹は開いていて、薄いベージュ色の丸い糞で一杯だった。

3:17PM広谷入口の赤テープに着いた。

3:27PM林道終点に着き、その先を左に下ると、「薩軍敗走路」の木札が下げてあったが、途中道が分からなくなったので引き返した。3:33PM終点に戻る。

林道を戻る。3:47PM若い松の木が倒れ、先を別の倒木が抑えていて弓形になっていたところに来た。

その倒木を伐り、切り口が途中で折れて鋭くなったので、もう一度切って切り口を剪定鋏で丸めた。

3:58PM枝線入口に差し掛かると、途中なくなっていた手袋が落ちていたので回収。4:08PM車のところに戻った。

片付け・軽食の後、4:38PM帰路に就く。8:05PM帰宅。またストックのキャップをなくしていた。


後で地形図を見ると、大野原林道終点から2つ目の谷が山手谷でそこから鹿川越まで通じていることが分かる。

このルートは西南戦争で西郷軍が上祝子から鹿川へ抜けたという「薩軍敗走路」に当るのだろう。

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2010年10月02日

上祝子から鹿川越へ(TRIAL1)


私事ながら8月中旬手術は順調に終わり、2週間後の8月下旬に退院することができた。
しかしその後、体のトラブルが続き、やっと9月下旬に安定へと向かった。
ただまだ体力は回復していない。
山行再開までには後1カ月はかかるだろう。

という訳で、今日は以前取り組んだ上祝子から鹿川越へ抜けるコースの探索を紹介したい。


大崩山へは多くの登路がある。
上祝子から登るものとしては和久塚コース、坊主尾根コース、2枚ダキコース、三里河原を経由するものとしてはモチダ谷コース、中瀬松谷コースなどがある。

南西部からの登路には宇土内谷コース、上鹿川からの鹿川越コースがある。

最後の鹿川越コースは平成4年に全国高校総体で使われたコースで、総体コースとも呼ばれているが、今はあまり使われていないマイナーなコースのようだ。

大分県側から大崩山を目指す場合、南西部から登るのはかなりの回り道になる。そこで上祝子から鹿川越を経由して大崩山に登れないかと考えた。

当初は遠見岩までと思ったが、まずは鹿川越までのルートを確保しよう。
あとは既に使われているルートだ。

こういう訳で上祝子から鹿川越に至るルートを探索した。
今回はその第1回目である。

05年12月3日、6:13AM自宅Pを出発、N10を南下して、N326を経由、黒内から下赤−上祝子林道に入る。
途中黒シカ1頭を見る。

下展望台に立ち寄り、8:28AM美人の湯下Pに到着。
8:33AM出発。

まず最初に大野原林道を山手谷まで辿り、そこから谷沿いに上れば鹿川越に辿り着けるだろう。これが一番の近道だと思われた。

それで県道207号線を右に下り、右折して上祝子橋を渡り、大野原林道に入る。

8:47採土地で仕事をしている人が居たので、少し道を尋ねようと思って、5分ほど待ったが、仕事を続けているので、先に進んだ。

舗装が切れて左にカーブした先に、溝を石や切り株で埋めたところを渡ろうとしたが、スリップしたのでバックして、8:58AM引返す。

下り途中採土地の少し下で、右に上る道があったので上ると150mでネットがあり、行き止まりになったので、10分近くかかってバックして林道に戻った。
上は農地のようだ。


今度は落ち水林道を進んでみた。ここは以前、山岳会で祝川ダムのところから沢登りした帰りに徒歩で通った道だ。その頃道は奇麗だった。
そこから回れば鹿川越まで辿りつけるだろうと思われる。

9:23落水林道分岐を右に入り、少し進むと、右手に重機を置いた広場があり、さらに進むと道は右に曲がって悪路となる。

何とか少し進んでみたが無理だと思い、バックして、曲がるところが少し広くなっていたので、そこで向きを変えて引き返す。

この林道は災害で荒れてしまったようだ。
その後落水の滝までは復旧したという話も聞く。

9:32AM再び分岐に戻り、9:36AM美人の湯下駐車場に着く。


次は山手谷を登ってみよう。


<山手谷マップ>
051203山手谷マップ.GIF(谷筋のためと機種が古いため、GPSトラックはよく取れていません。)

県道上祝子線を左に上り、800mほど進んでY字分岐を左手に下り、橋を渡って鶏舎の右を上り、分岐入口から800m進んだところ、左作業道の入り口の上に車を停める。

すぐ少し下に付け直し、準備の後10:31徒歩で出発。

ゲートを越えて作業道を下り、谷の左岸を少し辿ると、クヌギの伐採帯で行き止まる。

少し進んだが、突破困難と見て少し戻り、谷を右岸に渡渉する。途中左足をザバンと水中に落とし、左靴をぬらした。

履き直して、右岸の崖を登り、しばらく進むと、作業道のような道に合流した。

左俣の山手谷の左岸の作業道を進むと、炭焼き釜のあとの石組みがあった。

道はここで真っ直ぐに山を登る道と、左に下る道の二手に分かれる。左へ谷の方へ下ると、すぐ11:42ナメの河原に着いた。

30分ほど休んで、少し進むと12:13PM紅葉の美しい谷に着いた。炭焼き釜の跡を左岸沿いに進むと、標柱があった。

谷沿いの崩れかけた踏み跡を辿るとやがて、12:44PM谷の分岐点に出た。

右俣は累々と大石の積み重なった谷で水流は僅か。
左は広い谷が奥に伸びている。

ここで昼食の後、1:11PM下りにかかる。


河幅の広いところでチラッと白い標識のようなものが見えたが、左から回って近づいてみたが確認できなかった。
何か自然物の見間違いであろうか。

1:39PMそのあたりで谷を渡り登ると標柱があった。
左を見ると谷は徒渉点のすぐ下で幅広いナメ滝となっていた。
少し奥へ進んだがはっきりした道らしきものはない。

1:49PM引返して、落ち葉散り敷く平らな右岸を少し下ると、正面が岩に阻まれた地点で1:55PM左岸に戻り、炭焼き釜の上に出た。

少し左岸を下り、途中その先は厳しいと思ったところから少し戻って、2:40PM尾根を目指して浅い谷上のところから右手に登る。

途中岩の下に踏み跡らしいものがあるが、その下が切れ落ちているところに出た。

大事をとって高巻くことにしたが、そちらも厳しく、立ち木にすがりやっと尾根状のところに出た。

小尾根に沿って下りに下ると、左手に谷が近づき、取水パイプが通っているところに出た。
谷は段差があったので右に巻いて谷に降りる。

しばらく谷沿いの崩れかけた踏み跡を辿ると、最初の炭焼き釜のところに着いた。

途中カズラを採取して、作業道を下ると、往きにチラッと見たブルーシートや丸木作りの橋を渡る。

明るい谷に出て、石を飛んで渡ると、道は右上に伸びている。
分岐を真っ直ぐ上がりかけたが、来たときと様子が違うので、下って右に入る。

まっすぐはクヌギの伐採木で塞がれている。左に入るとすぐにブッシュで行き止る。

戻って最初の道を上ると、上の鶏舎の前の舗装路に出た。
ポケナビでは車の位置は300mほど下である。

10分ほど下って3:56車に戻る。片付け・小休の後、4:21PM出発。
美人の湯Pで25分ほど仮眠の後入浴して、5:40出発。
下の駐車場P小休の後、5:50帰路に就く。

黒内で30分仮眠して、FM三重原で食糧を買い、犬飼の新道橋手前で夕食をとり、8:58PMに帰宅した。

ストックのキャップをなくしていた。
あの谷は炭焼き釜が多かった。

地形図を見ると帰りに渡った標柱のある下流側が二俣になっていて、左俣が山手谷で、そこから鹿川越に続いていると思われた。
だがそのあたりに谷は見られなかったなあ。

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posted by sanjin at 12:15 | Comment(0) | 大崩山系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

はじめての大崩山―後編(坊主尾根の下り)

今日は下山の様子をお伝えします。

少し休んで下山です。坊主尾根分岐から右手の坊主尾根へ向かいます。
リンドウが丘東分岐を通って、こだま岩で一休みです。

ここから登ってきた和久塚の全景を見渡すことができます。
名前の由来は声を発すると和久塚で反響するからだそうです。

平道を辿って、小積ダキ分岐を過ぎて、小積ダキに上ります。
小積ダキは大崩を象徴する大きく突き出た岩峰で、
ロッククライミングの対象にもなっています。

小積ダキから象岩を望む小積ダキ分岐に戻って、岩の斜面を左に降ります。
斜度はさほどでもありませんが、固定ロープが設置されています。

その先は象岩といわれる大きな岩の下のトラバースです。
ここにはワイアーロープが設置されています。
足場に気をつけて渡ります。

ところで象岩の少し先で、昨年夏の台風4号、5号による集中豪雨のために土砂崩れが起こりました。
その後固定ロープが設置されたそうですが、初心者は通らない方が良いそうです。

当時象岩の先はアルミ製の梯子、梯子の連続で、ここで両手にかけたストックが邪魔になります。Tさんはストックをしまうように言われますが、面倒なのでそのままにしました。

坊主岩幾つ目かの梯子場で躓いて転落しました。
幸いにもすぐ下で止まりました。
その先で足首を痛めてしまいました。
どうやら体力の限界です。

3PM過ぎに林道分岐に着き、手当てをしているとき、Tさんはこれ以上山道を下るのは無理だと判断されました。
遠回りだが林道を辿って下ることになりました。

Tさんは林道を歩きながら空き缶などを回収して行きます。
私はサングラスを紛失して、ゴミを出してしまいました。
4:58PM登山口に帰着、美人の湯でTさんと再会を約して別れました。

Tさん、有り難うございました。初心者の私に合わせてガイドしてくれました。
私は美人の湯につかり、疲れを取って帰路に就いたのでした。

Tさんは速い。先に行って待ってくれていますが、
私が追いつくとすぐに出発しますので休む暇がありません。
プロのガイドの実力を思い知らされた山行でした。


この後もう一度鍛え直すことの必要性を痛感しました。
ストレッチの他にスクヮッド、腹筋、背筋などの筋トレを少し行うようになりました。

その成果には目覚ましいものがありました。
中でもスクヮッドが一番効いたように思います。

またこの後ダブルストックは使わないことにしました。
特に岩峰では私にとっては邪魔以外の何物でもないことを悟りました。
腕力がある人には便利な道具かもしれませんが、腕力の弱い私には向かないと思いました。

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2009年02月13日

はじめての大崩山―前編(パノラマコースを登る)

袖ダキより下和久塚を望む.jpgお待たせしました。
しばらくぶりの投稿です。

03年11月16日初めて大崩山に登りました。
しかもガイドさん付きです。

どういう事かと言いますと、7月に大分県南部で登山口を調べている時2人の登山者に出会いました。
冷水登山口に車1台を置き、もう1台で大白谷登山口に回り、そこから傾山に登って、冷水登山口に降りて車を回しているところだったのです。

大白谷登山口への林道が悪路で、乗用車だったので、入口から歩こうかと思っていたところ、ちょうど私の四駆に出合ったのでした。
「登山口までお願いできませんか」と言われ、ちょうど私も登山口を知りたかったので、即座に引き受けました。

その後、偶然にも九重の黒岳の登山口で出会って一緒に登ることになりました。
そんな訳で親しくなり、そのうちの一人Tさんが、一度大崩山に案内しましょうと言われました。
遠慮なくお願いして当日の山行となった訳です。
長く登山を続けていると、こんな幸運もあるのですね。


宮崎県北川町の美人の湯の駐車場で落ち合いました。
前夜泊で3時間ほど眠って目覚めると5時前にTさんがやって来られました。
朝食を済ませ、6時に出発、上祝子登山口に向かいました。快晴です。

準備をして6:30AM出発、大崩山荘前の少し先で祝子川にかかる丸木橋を渡り、
第1展望台で一休みです。

この丸木橋、その後台風(?)の大雨で流され、
その後ステンレス製の橋がかけられましたが、それもまた流され、
現在はステンレス製を修復したものを使っているそうです。

大崩山は岩山だからいったん雨が降るとすぐに増水して
渡れなくなるので注意が必要です。

30分余りで平たい岩に到着。その先で給水しました。
よせば良いのにここで初めてダブルストックを使ってみることにしました。

シシ落し上で少し休んで、9AM少し前に袖ダキ着です。
大崩山では「ダキ」という言葉がよく使われますが、これは「岩壁」の意だそうです。

ここからは眼前に下和久の岩峰が展開し、吸い込まれるような美しさです。
九重・祖母傾に慣れていた私にとって、快晴のもと白く輝く花崗岩の岩峰は新鮮な驚きで、「こんな山があったのか!」と感動しました。

ここから和久塚の岩峰を巡るパノラマコースを進むことになりました。
乳房岩、下和久、中和久の岩峰を辿り、思案橋を渡って上和久の裏手に出て、ここで昼食としました。

05上和久塚より要塞のような中和久塚を望む157-58pc.jpg右手の岩溝をよじ登って上和久の岩上に登りました。
ここから東に中和久が要塞のように見えます。
左手には七日回り岩が独特の緑のヘアスタイルで立っています。

上和久出発後、30分足らずでリンドウが丘西分岐に達しました。
山頂までが無理なら、この分岐を左折して下山しても大崩の良さは十分楽しむことができるということです。

ところで「リンドウが丘」、いい名前ですね。
名の由来はその岩テラスの上にリンドウの群落があったからということです。
残念ながら心ない人々の盗掘により今は絶滅しているそうです。

欲張って山頂に向かいます。石塚を通過して、12:37PM大崩山頂に到着です。
石塚は眺めの良いところですが、山頂からの展望はありません。

次回は下山の様子をお伝えします。

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2008年12月20日

中瀬松谷

中瀬松谷の静かなカマ051112-13     晴・晴のち曇

大崩中瀬松谷は前回、前年の040704、台風の近づく中7人で入り、三里河原権七小屋谷出合まで進んでリタイアしたのだった。その辺りで雨になって、引き返すことにしたのだが、岩山だから、沢は急激に増水して対岸に渡るのが困難になり、宮崎のGリーダーの指示で、ロープを渡して確保をとりながらやっと渡り、無事帰ることができた。今回はメンバーは異なるが前回のリベンジである。

午前2:40AM起床、準備を済ませ、4:50AM別府の鶴見を出発、リーダーのOさんを迎え、往きの運転を頼む。
大分のスーパーでKさんの到着を待って、食料の買い入れを済ませ、5:58AM出発。国道10号線を南下、犬飼町で県道326号線に入る。さらに宮崎県北川町臼杵で黒原林道に入り、町道・祝川線を上り、7:40AM頃上祝子登山口に到着して準備を始める。軽登山靴を履き、私の受け持ちの食料をザックに詰め、登山帽を被り、ストックを持ち、薄手のコートを羽織る。

午前8:05AM登山口を出発、大崩山荘前の紅葉が印象的だった。進んで行くと真新しいロープを掛けたところがあった。Oさんの指摘で見ると1か所ハーケンが緩んでいた。その先でザックの重さで振られながらロープを頼りにやっと岩を登り、その展望岩で小積ダキ方面の眺めを楽しむ。その先紅葉を愛でながら、五葉ダキを経て、11:11AM吐野祝子川を渡渉した。
三里河原の右岸を辿る。ここまで来ると今の時期、一面冬枯れの佇まいで、もう紅葉は見られない。再び渡渉して左岸に渡り、11:46AM川原で昼食とする。河床は一枚岩だが、この河原は砂の堆積したところで感触が良い。

12:35PM出発。左岸沿いに岩場を歩く途中、Kさんがスリップ、尾てい骨をしたたか打撲して、しばらく動けない。何とか立ち上がって進み、右岸に渡渉する。
やや高巻いて12:55PMモチダ谷を渡る。金山谷の右岸を高巻いて、2:04PM中瀬松谷出合に到着。途中倒木が交差して谷を横断しているところがあり、金山ジャンクションと名づける。
2:55PM権七小屋谷出合を通過した。この辺り落ち葉散り敷く平らな岩の段差を水が滑るように流れ、ところどころ静かなカマが音もなく水を湛えている。
平ら谷出合を経て、滑らかな大岩の基部をまき登って、3:35PMテン場に到着。フライシートとグラウンドシートで4:30PM設営完了。枯れ枝などを集めて焚き火をし、暖を採りながら、しそわかめご飯で夕食をした。空は晴れて木の間から上弦の月が見え隠れする。7:10PM一人シュラフに潜り込み一旦就寝したが、寒くて眠れない。絶えず沢から冷気が渡ってくるのだ。
1時間ほどして再び起きて2人とともにしばらく焚き火で温まり、靴下を3足にして再び就寝。やはり眠れない。4度も小用に起きるが、その時見る星は牡丹雪のように大粒で明るく輝いている。沢に出ると向かって左手にオリオンやスバルが眺められた。起床30分程前にレインウエアを着込んで少し眠ろうと思うが、眠れないまま、午前5時の起床時間を迎えた。朝食は麦ご飯に甘口カレー。再び焚き火を起こして、あとは水をかけて消火する。

テン場の後片付けをして、水2Lを詰め、Kさんがパッキングを手伝ってくれて、8:05AM出発。左岸に渡渉して、谷を登る。
時々谷に下りながら左岸を高巻いて進む。途中、滝の近くだと記憶するが、谷の中で鹿納坊主の眺めの良い場所があった。やがてモチダ谷バイパス分岐に着く。右手の枯れ谷を登ると苔むした緩やかな尾根のようなところをたどり、再び谷の右岸に渡る。
やがてガレ谷となり、二俣を左に上る。谷が狭まるが、なお側壁から水が湧き出している場所がある。再び二俣に達し、左を取るとガレ場の急斜面で、登ろうとするがざらざらと崩れて、3mほど滑り落ちる。右俣に回り上ると谷は広くなり左俣の上に出る、石は苔むして草も生えている。ジグザグを切って登って小休止を取る。
やがて熊笹のトンネルとなり、程なく10:04AM縦走路に出会う。小休止の後山頂に向かう。石塚を経て10:53AM大崩山頂着。石塚からは眺めがよく、傾山が新しい角度から眺められた。山頂からの展望はない。

山頂で記念撮影の後、二枚ダキコースを目指す。直進するがすぐ行き止まり、右手に入り直す。すぐ鹿川越分岐を左折する。道はクマザサの急傾斜のトンネルである。途中幹が道沿いに倒れている。横木で支えているようだ。先行のKさんが渡るとゆさゆさ揺れている。慎重に渡り後の横木に乗ると、一気に沈み前のめりに倒れて、右顎を擦る。一瞬首筋にも響く。
やがて11:44AM二枚ダキの肩の広場に着く。リーダーは少し降りたら水場があるので、そこで昼食にするという。私に水は捨ててよいというが、ここまで運んで来て、あとは下りだから、持って行くことにする。
小休止の後、12:01PM出発。急な岩谷の下りである。行けども、行けども水場に着かない。30分ほどだと思ったが、やっと水場にたどり着いたのは1時間14分後の1:15PMであった。

 私が先行して車で行けるところまで向かえに戻ることになったので、リーダーは私のラーメンを先に作ってくれた。そのラーメンの美味しかったこと。麺には腰があり、生シイタケ・エノキダケ・青ネギの調和がなんともいえなかった。昼食時間が遅れたせいもあったかもしれないが、あんなおいしいラーメンは食べたことがない。
1:51PM登山口へ向けて出発。途中迷いやすいところにテープを巻き、道にはみ出した木の枝を鋸で伐った。二枚ダキコースの入口は確認できなかった。
やがて林道は舗装路となったが何箇所かで崩壊していた。3:07PM登山口近くの車の駐車点にたどり着いた。

ザックを下ろし、靴を履き替える。車の前部ワイパーに何かはさんでいる。それはそのままにして3:16PM迎えに出発。最初の崩壊地手前に到着して駐車地点を探していると、2人が下りて来た。カーブ地点で誘導してもらって車の向きを変え、2人を乗せる。車の前部ワイパーにはさんでいたものをOさんに見せた。何と宮崎のTさんがはさんだものだった。一応今日の予定は伝えていたが、ここまで来てくれたのだ。3:27PM出発して、美人の湯へ向かう。そこで軽食を取り、シカに餌をやり、入浴・休憩の後、5:06PM帰路に就いた。途中Kさん、Oさんを降ろし、買い物をして、8:03PMに帰還した。

念願の中瀬松谷は達成できた。落葉の散り敷く一枚岩の谷。まさに秘境であった。だがジャブジャブと水の中を歩ける夏場もいいなあ。また秋ならもう少し早い紅葉の美しい時もいいなあ、などと贅沢なことを考える。今度行けるのは何時になるかなあ。その日を楽しみに待つことにしよう。

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posted by sanjin at 21:11 | Comment(0) | 大崩山系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする